足の健康への熱意はそのままに、BIRKENSTOCKはファッションの世界へと足を踏み入れていきました。ファッショントレンド一辺倒でブランドの哲学を犠牲にすることなく、美と機能性を融合させていったのです。1980年代から90年代にかけての好景気の中、依然として医療関係者や自然志向のカウンターカルチャーの人々が国内の顧客の中心であったものの、BIRKENSTOCKは海外に製品を販売し始めていました。そんな時、思いがけないことが起こります。1985年、写真家キム・ノットがイギリス版『ELLE』誌にARIZONAとBOSTONを使った日本風のアバンギャルドな写真を掲載し、1990年7月には、写真家コリーヌ・デイが撮影した、BIRKENSTOCKのPALERMOとRIOを履いてポーズをとる当時16歳のケイト・モスが『フェイス』誌の表紙を飾ります。整形外科的な靴の木型の発明から90年後、BIRKENSTOCK製品は突然レッドカーペットやランウェイに姿を現すことになったのです。
BIRKENSTOCKは突如ファッションブランドとして世界から注目を集めるようになりました。ファッション界でもてはやされつつも、BIRKENSTOCKは信念を貫いていきます。フォルムやフットベッドはそのままに、アッパーの色や素材の選択肢の幅を広げ、他のブランドやデザイナーの案を受け入れていったのです。1993年春、ペリー・エリスのためにデザインした「グランジ」コレクションで、マーク・ジェイコブスがアイコニックなARIZONAをナチュラルレザー、シルク、スエード、そしてラインストーンのついたバックルをあしらったプレミアムモデルで新しく定義します。この限定版ARIZONAはBIRKENSTOCK始まりの地であるドイツの小さな村、ランゲン・ベルクハイムとはかけ離れた、ニューヨークのバーグドルフ・グッドマンで限定発売されることになりました。
2000年代初頭、BIRKENSTOCKはドイツのスーパーモデル、ハイディ・クルムに3つの定番モデルのデザインを依頼し、ファッション界との関係を深めます。ARIZONA、MADRID、AMSTERDAMが、バイカーをイメージした反抗的なデザインで「グラマー・コレクション」の一部として新しく登場したのです。このパートナーシップの成功を受けて、BIRKENSTOCKとハイディ・クルムは「アフリカ・コレクション」「サード・コレクション」「グラフィティ・コレクション」を次々に発表していきました。
機能性をスタイリッシュに楽しめることを証明したとして、これを機にファッション界は、ハイヒールから足に優しいフットベッドへの移行を始めます。これまでのパートナーシップの成功に後押しされて、BIRKENSTOCKはリック・オウエンス(2018、2019、2021年)、メゾン・バレンティノ(2019、2020年)、ジル・サンダー(2021年)といった有名デザイナーや、ロンドンの伝説的ファッションスクール、セントラル・セントマーチンの学生たち(2021年)とのコラボレーションを展開しました。
その一方で、BIRKENSTOCKはもう一つの伝統であるライブイベントも継続していきました(20世紀初頭にコンラッドとカール・ビルケンシュトックが開催したトレーニングコースやセミナーと比べて、2010年代に開催されたライブイベントはより華やかなものでしたが…)。2017年、ドイツの高級セレクトショップ、アンドレアス・ムルクディスとのコラボレーションで、建築家がデザインした移動型ポップアップショップ「BIRKENSTOCK BOX」がベルリン、バーニーズニューヨーク、そしてミラノの10 Corso Comoに登場しました。
カール・ビルケンシュトックが「理想の靴」という独自のコンセプトを発展させ、1960年代のファッションに逆行したMADRIDを生み出したのと同じように、2010年代後半には、既成概念に挑戦し、美とスタイルの境界線を押し広げるファッションデザイナーが続々登場してきました。ファッションと機能的なフットウェアを融合できる時代が到来したのです。これは、定評あるデザイナーや新進デザイナーとのコラボレーションを展開するBIRKENSTOCKのクリエイティブスタジオ「BIRKENSTOCK 1774」の立ち上げにも反映されています。BIRKENSTOCKは世界のファッションの中心地、パリに根ざすことになりました。